21世紀は何を求める戦争になるのか?
戦争の原因となるものはその時代で異なる。
人類の始まり時期は間違いなく食糧争いであったことだろう。この時期の争いを戦争と定義していいのかは判らないが、戦いには違いない。
数万年前に縄文時代(あるいは最近では縄文文明と言う学者もいるが)があった。その頃の日本列島では人が人を殺めたことはなかったようだ。これは食糧が豊富にあり、また部落ごとに共存しあい、争うことの必要が無かったからだ。しかし大陸では食糧を取り合い戦争が起こっていたのだろう。明らかに人が人を殺めた人骨が多々出土しているからだ。
食糧による戦争はやがて領土の争いに移行する。日本でも戦国時代があった。これは領土争いによる戦闘行為であった。領土は権力となり自分の領土を広げることにより権力を増強する。日本だけではなくヨーロッパ諸国はずっとこの領土争いの歴史だ。チャイナも言わんと知れず、また朝鮮半島でも同じだ。とりわけ領土を大きく拡大したのはモンゴルだったのではないだろうか。
続く戦争は石油をめぐっての戦争である。文明が発達するとともにエネルギーが必要になった。電力である。電力を作るために必要な石油の利権争いだ。先の大東亜戦争も直接的には石油をめぐっての争いだった。日本はABCD包囲網を敷かれこのままでは坐して死を待つか、戦って玉砕するかの選択だったのだ。
米国シンクタンク、ウィルソンセンターが2023年8月1日付けでHot Pursuit Semiconductos and Critical Minerals(半導体と重要鉱物の熱い追求)と題したレポートを発表した。
その冒頭は、「2020年、中華人民共和国が輸入した半導体の額は、額面あたりで原油の額を上回った。中華人民共和国は世界最大の原油輸入国であり、かつ2005年以降、スマートフォンやコンピューター、通信機器などの製品に不可欠な半導体チップの世界最大輸入国となっている。2020年、中華人民共和国の輸入半導体への依存は2334億ドルの貿易赤字に達したが、同年の原油貿易赤字は1856億ドルに“過ぎなかった”。」
原油1バレルに相当する半導体の数量を測る術はなく、また半導体と言ってもロジック、メモリー、アナログ、マイコン、パワー半導体等々、様々な役割のチップがあり価格もピンからキリまでなので単純に比較することはできないものの額面で比較した場合原油輸入価格の25%増である。
現在半導体製造の中心は台湾にあり最先端半導体の最大生産国である。台湾積体電路製造有限公司(TSMC)1社だけで世界の半導体生産の60%、先端半導体では90%もの生産を担っている。
「しかし、ウィルソンセンターの有力な報告書『Of Swans and Rhinos (白鳥とサイ)』が説明しているように、半導体のサプライチェーンは複雑でグローバルな産業であり、チップは市場に出るまでに何度も国境を超えている。」
その通りで半導体を製造するためのシリコン基板はその専門技術を持つ企業が担っている。このシリコン基板は日本企業が得意とするところであり、日本から国境を超えていく。 まさに半導体サプライチェーンは日本に始まるのだ。
現在世界で半導体製造ができる地域は日本・米国・EU・台湾・韓国・チャイナの6地域しかない。この6地域でシリコン基板上に半導体集積回路を作るのだが、半導体集積回路を作る装置が必要となる。半導体の製造装置を供給できる地域は日本・米国・オランダに限られる。そしてこれら製造装置を使うのだがそのプロセスに高純度薬品やガスそれに超純水が必要になる。これらの薬品やガスの供給は日本と米国である。殊に超純水は各工場内で超純水設備が作る水を指し、この分野に関して日本メーカーは定評がある。
米中対立の激化のなか「2022年10月、米国は日本、オランダ、韓国の協力を得て、米国から中華人民共和国への半導体販売を制限し、中国企業が無許可で米国からチップ製造装置を購入することを防ぐことを目的とした一連の輸出管理規制を制定した。」
新たな規制が導入される以前は、「米国は中国人民解放軍への半導体とその製造に必要なツールの販売のみを禁止していたが新しい規制は、はるかに広範囲に及んでいる: 先進的な半導体やチップは中国企業への販売が制限され、米国で製造された半導体の製造に必要な装置や機械は中国企業への販売が制限された。 」
チャイナへの半導体製造に対する輸出管理規制に対してチャイナは「半導体の製造に重要な2つの金属、ガリウムとゲルマニウム化合物の輸出を制限することで対抗した。ガリウムは化合物半導体ウェハーの製造に使われ、ゲルマニウムは特定の光ファイバーの製造に使われる。中華人民共和国はこれら2つの重要鉱物の世界最大の供給国である。」
半導体製造におけるチャイナのサプライチェーンは脆弱であり、そのほとんどは他国に依存している。チャイナには鉱物資源が豊富にあるのだが、それも精製したり加工したりしなければ使い物にはならずチャイナが鉱物資源を輸出規制すればチャイナ以外の国からこれら資源を調達することも可能だ。
チャイナの2022年の半導体輸入額は減少している「これらすべての影響はまだ定かではなく、世界はまだCOVID-19パンデミックによる経済的混乱の影響を感じているが、2022年、中華人民共和国の半導体および集積回路の輸入が前年より実際に減少したことは注目に値する。実際、2022年11月、中華人民共和国の半導体輸入は2020年以来の最低水準となった。」との事だ。
ウィルソンセンターのこのレポートでは最後にこう結んでいる。
「何十年もの間、反戦活動家の叫びは『石油のための戦争反対』だった。現代では、半導体や重要鉱物を対象とした新たな嘆願がなされるかもしれない。」
戦争の原因となるものが食糧から領土、領土から石油、そして石油から半導体や鉱物資源に移り変わるのであろうか?
そう言えば2023年7月にポートランド州立大学の歴史学者で日本研究者であるKen Ruoff教授とランチをする機会があり半導体について話をしたら、「今や半導体は石油と同じ資源となった。」と話されていたことを思い出した。
了
参考文献
Wilson Center, August 1, 2023
https://www.wilsoncenter.org/blog-post/hot-pursuit-semiconductors-and-critical-minerals