ブログ「燃料は好奇心」

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子供のように好奇心を持ち続ける男が綴るよもやま話。
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歴史

2024.08.14

国語・算数・理科・社会は小中学校ではもっとも基本的な教育だ。

この科目の中で理科や算数はどちらかと言うと好きだった。国語は今ひとつ面白くない。社会に至っては勉強する気にならなかったなぁ〜。と中学校を卒業してから50年以上たって省みた。

それでは好きな授業は?と考えると、体育、音学そして下手だったけど図画工作だ。

体育は遊んでいるようで楽しかった。小学生のときに授業で相撲があって男子を全員やっつけて、そのまま女子との対戦までもつれ込んだ。男子には負けなかったのに女子にはあっという間に負けた。はっけよいのこったのあと恥ずかしくて。

音楽も楽しかった。中学生のとき縦笛のテストがあって猛練習をした覚えがある。よし完璧だ!と思うまで練習しテストに挑んだ。結果は50点満点中40点。先生は「自分の思っていた点数より低いと思った生徒は手を上げなさい」、と言われたので手を上げた。クラスでボクだけだった。もう一度演奏し先生は45点にしてくれた。それでも不満だったので先生にアピールしたものだ。楽器演奏には情熱があったのだろう。今はギターを弾いているけど。

図画工作もいい。絵を描くのが好きだったけど、いつもうまく描けない。絵を描く夏休みの宿題で写生にでかけるが、書いているときは面白いのだが書き終えると下手な絵しか描けない。好きだけど能力がないのだろう。

国語は今ひとつ、と前述したが中学生のときに八王子市の作文コンクールに応募し、入選をした実績がある。これには自分でもびっくりした覚えがある。同級生の女子で期末試験9科目900点満点のところ850点以上とる才女がいたが、彼女も同じ作文コンクールに応募して佳作だったからだ。「俺って文才あるんじゃない?」と密かに思ったものだ。2020年からとある政党のホームページの「海外翻訳記事」というメニューがあり2024年まで毎月投稿を頼まれた。やはり文章を書く能力はあったのかも。

算数は意外と好きで中学の試験では結構いい点数は取っていた。

理科は面白い。コップに氷をいれて観察しそれからコップを空にして観察する宿題が出たときは、コップに氷をいれて5分おきに1時間観察した内容を書き、空にしても同様に5分おきに1時間観察した内容を書いたら先生がびっくりしていた。みんな観察した結果だけを話すだけの回答だったが時系列で5分おきにその観察記録を書いたのはボクだけだった。

社会は、、、勉強しなかった。とくに歴史だ。なぜ面白くなかったのかと言うと、年号が出てきてその時の出来事を暗記するわけで、そこがつまらなかったのだろう。また、歴史を教えてくれる先生はその時代に生きていないわけで、どうしてそんなことが判るのか疑問に思っていたこともある。教科書にはそのように書いてあるが昔の出来事をどうやって証明するのか、などと思っていたのかも知れない。

いずれにしても歴史は年号も覚えられずテストはいつも当てずっぽうで回答していた。唯一覚えているのが「1945ポツダム宣言」。しかしポツダム宣言とは何かとか全く知らずにこれだけは覚えていた。

あれからどれくらい経ったのだろう?と歌の歌詞ではないが、古事記・日本書紀を読むようになり古事記の面白さを知り、小中学校のときはあんなに嫌いだった歴史が好きになった。

戦前の日本児童はまず日本書紀を勉強した。戦後GHQにより日本書紀の勉強が禁止となった。日本の成り立ちを勉強させなくさせることにより日本民族の弱体化を計ったGHQの政策だ。そして歴史教科書には日本が誇れる事柄は黒塗りされ、戦前戦中に刊行された7000冊以上の書物が焚書された。いまボクは焚書アーカイブというコースを取っていて焚書された書物を勉強している。

元航空幕僚長であった田母神俊雄閣下が航空幕僚長のときに「日本はいい国だ。戦略国家ではない。」という内容の論文を書いたら、時の防衛大臣であった石破茂氏が彼を更迭した。石破茂氏は筆者と生まれは同い年だ。彼とは考え方が異なる。彼は一生懸命歴史の勉強を小中学校のときにしてしまったのだろう。翻ってボクは全く勉強しなかった。

もしかしたら前世のボクが歴史の勉強はするな、と言ったのかも知れない。

霊鑑定士に見てもらったことがあるのだが、自分の前世はどんな人物でしたか?と聞いたら、、、「帽子みたいなのをかぶってメガネみたいなものをかけて飛行機に乗っているところが見えます。」と言われた。
帽子みたいなもの=飛行帽
メガネみたいなもの=飛行ゴーグル
飛行機=零戦

1945ポツダム宣言の調印

ひょっとしてボクの前世は特攻隊員だったのだろうか?昭和20年特攻して戦死し生まれ変わったのだとするとボクの生まれはそれから12年後だから、ちょうど干支がひと回りして生まれ変わったことになる!歴史の勉強で唯一覚えていたのは1945ポツダム宣言だ。これは昭和20年の終戦時に日本がポツダム宣言を受諾して終戦を迎えた時である。学校で歴史を勉強しても何にもならんぞ、とボクが生まれたときにボクの前世の英霊が教えてくれたのだろうか?

児童のころから古事記や日本書紀を読ませる歴史教育は必要だ。日本の成り立ちが解ればそれからの日本を勉強し日本は決して戦略国家ではないことを知る。いやむしろ日本を誇りに思う人間に育つ。

でも本当に今思う、「歴史を勉強してなくてよかった〜」と。

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